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逆境に打ち勝て!-Stand up to the victory-

Vガンが好きな人が、機械や世の中のことに対する疑問をぼやぼや書き残します(黒歴史)

機械に対する愛

アンドロイド

 

 

 

かつてはモデルやダンサーとしての出演依頼が殺到するなど人気を博した。しかし、平成23年の東日本大震災以降、日本のロボット開発は災害用にシフト。エンターテインメント性のある人間型ロボットは「役立たず」などと批判され、姿を見ることが極めて少なくなった。未夢は今、どこで何をしているのだろうか。(上記サイトから引用)

いやもう「は?」ですよ

 

東京電力福島第1原発事故の発生で、高線量の場所でも遠隔操作でがれきの処理などができるロボット開発の必要性が急浮上した。日本のロボット研究は災害現場で活躍できるロボットの開発の方向にシフトし、エンターテインメント性は二の次となった。

 「何で現場に出せないんだ」「役立たず」-。

 人間に近いロボットなら、人間の代わりに何とかしてくれるのではないか。そんな期待が大きかった分、産総研に厳しい言葉が寄せられた。(これも引用)

これって人間がヒューマノイドに対するパワーハラスメントだと思うんですよね(記事を書いてる人に対して怒ってるのではないです) 実用性がなければダメなのかよ!!と。

 

私も口が汚く、勝手に期待するので気持ちはわからないでもないです。

なんのための研究やねん!と、言いたくなるわからないでもないです。

でもちょっとあまりにも酷すぎると私は思うんです。きっとヒューマノイド、機械に対してそういうふうに言う人は、外面取り繕っていても内面は人に対しても同じようなことを思ってる人だと私は思います。

 

しかしですね、私は今日矛盾した発言をしてるのです。

この発言は友人の「手紙は素晴らしい」という発言になぜかカチンときてしまって突発的にしてしまったツイートです。正直これから下記に書くようなことは絶対わかってるはずなのに、なぜか言ってしまうのは病気だからでしょうか。

この話をうだうだするつもりはないのですが、紙の手紙や本が素晴らしく改めて感じられるのは、インターネットが普及し手軽にデータ送信を行えるようになったからであるところがとても大きい。同時に、私は乗り物が好きなので少し話をしますが、蒸気機関車やキャブレター車の素晴らしさが改めて感じられたのは、電車やFI車の発展のおかげであるっていうこと。

 

要するに私がこれを踏まえて言いたいのは、未夢だけを愛してやるのではなく、これから発展していくであろうHRP-2型のロボットにしても愛してやって欲しいだけなのです。HRP-2がいるから、未夢がいて、未夢がいるからHRP-2の良さが出る。両方素晴らしいんです。

 

・・・なぜ人はここまで残酷に「いらない」と切り捨てる物に対して暴言が吐けるのでしょうか。これは自分に対しても問いかけてます。関係ないものからなんだろうかな・・・モノに対して感情移入するのは、その向こう側に人がいる(製作者の願いとか、デザインコンセプトとか、はたまた家族の形見であったりとか)からであって、純粋にモノに対して俺は愛情を抱けてないんじゃないのか。とふと悩んでしまったり。

 

knightscooptv.seesaa.net

でも私は、関西ローカル番組である(?)「探偵ナイトスクープ」の依頼(ここらへんについては探偵ナイトスクープで調べてください)であった『クルマに恋した女』というのを見て、自分はどうかはわからないけど、なんか色々壁を乗り越えた恋の形はあると確信してます。今はちゃんと愛せてないのかもしれませんが、知らず知らずに恋に落ちるように、何か乗り物を愛したいです。これは上記の愛とは違うのかもしれません。

 

私はこれからこの世の中がどうなるか、とかそういう事を考えられる頭はないです。

考えようとしてはいますし、悩んでもいますが結局理想論なんだと思います。

しかも正直、私は機械にそこまで詳しいわけでもなければ、プログラミングもできませんし、ロボットを組み立てるなんて技能的に不可能です。少なくとも今の段階では

でもそれと私が機械に対して愛を思うことは違うはずです。

そりゃ身に付けることに越したことはありませんが、なくても機械たちの見方でいれるはずです。

世の中に生を受けたのは人間や動物だけではなく、植物や物もそうなはず

そう考えるのって、おかしいことですかね?