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逆境に打ち勝て!-Stand up to the victory-

Vガンが好きな人が、機械や世の中のことに対する疑問をぼやぼや書き残します(黒歴史)

「歌う」ということ

 

今日こんな記事を見た 

vippers.jp

 

ボカロブームは終わった、と友人らの会話でネタで話すことはあっても、こうやって大きなメディア(一応今のまとめサイトは一つのメディアであろうと私は認識してる)として取り上げられてしまうと、なんというか、世の無常を感じるというか、なんというか。

 

 話を戻しますが、このまとめ記事の冒頭部分でDAISY BELLという曲が紹介されてます。

これは、映画「2001年宇宙の旅」で登場AI「HAL9000」が

最後に意識がとぎれとぎれになりながらも歌う曲です。

歌詞の意味や内容などDaisy Bell (A Bicycle Built For Two) 訳をみて頂ければ良いかと思います(無断リンクなので問題になり次第消します)

 

このDAISY BELLと2001年宇宙の旅のせいでしょうけど、

私の好きな作品の攻殻機動隊と、メタルギアソリッドでは人工知能が歌うシーンがあります。

攻殻機動隊GIG最終話でタチコマたちが自分たちの記憶が詰まっている衛生を自らの意思で、「僕らはみんな生きている」を歌いながら原子力潜水艦から発射された核ミサイルにぶつけたシーンと

メタルギアソリッドピースウォーカーでは、終盤自ら偽りの核攻撃データを止めるために満身創痍になったピースウォーカーカーペンターズのsingを歌いながら海に沈んで行ったシーンです。

 

「歌う」ということ、というか、「音楽」という行為は

「誰かにやらされてすること」ではないと思うんです。

人工知能というか・・・機械というのは、基本的には命令されたことを効率よくこなす、ということだと思います。真逆。歌うということは、機械にあるまじき行動なわけです。

能動的に感じたことを歌う。それこそが人らしさであると私は思い

ピースウォーカータチコマも、最後は人であったと私は思います。

 Vガンの話をあえてするのなら、シャクティは戦場でも歌を「ひなげしの旅のむこうに」歌い続けましたから、ある意味人らしい、というよりは、能動的に生きようとしたと言えると思います。

 

話が少しずれましたが

たとえ機械であろうと、歌を自分の意思で歌うならそれは人であると思うのです。

 

初音ミクはただのボーカロイドですが

もしかするとこれからの未来、歌を自意識的に歌いだすアンドロイドのボーカロイドが表れるかも・・・そして、それはアンドロイド(人のようなもの)なんでしょうか・・・