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逆境に打ち勝て!-Stand up to the victory-

Vガンが好きな人が、機械や世の中のことに対する疑問をぼやぼや書き残します(黒歴史)

Vガンダム、ガルパンから見る親子の絆 高嶋事件を受けて

Vガンダム スターウォーズ ガルパン

 

 高島ちさ子さんがゲーム機をしつけとしてぶっ壊したって話が問題になってますけど

news.livedoor.com

まあこの記事(というか原因となった新聞のコラム)ではいい話としてまとめてますけど、これ状況的にまんまガルパンのしほとみほの関係、そしてVガンのミューラ・ミゲルとウッソ・エヴィンの関係と同じように、能力のある親子の不幸の話だと私は思ったんですよ。

 

高嶋さんが行ったこの行為、ルールを破ったから制裁を与えた、ということは何も間違ってないと思います。事実、ゲームを壊して物理的にプレイ不可能にした結果、そのおかげで算数のテストを満点に取れて、それで子どもは満足してます。

 

本来他人がなんやかんやいう問題ではないのかもしれません。

 

正直こういうことをされた人も少なくないでしょう。

自分の家は趣味はわりと寛容でしたからゲームを壊すなどはまったくなかったのですが、取り上げられたりはしましたね。スーファミを捨てられかけたこともありました。

全力で阻止したことを今でも覚えてます。もう10年前だというのに。

 

しつけという意味で、間違ってないのかもしれません。

ですが、厳しいしつけというのは、反動が恐ろしいものだと私は考えます。

その反動が起こらなければ、または小さく収まれば、良いのかもしれませんが。

 

私の話はちょっと恥ずかしいので、わかりやすい例としてガルパンの西住親子と、Vガンダムのエヴィン親子(ミューラミゲルはなぜエヴィンを名乗ってないのでしょうね)の例を出して話そうと思います。

 

ガルパンの本編をみた方なら分かると思いますが、西住みほは母の厳しい指導によって類まれな才能と実力を磨き実際他校に移ってもそこでその学校を優勝させるほどの実力をつけることができました。とんでもないことなんですが、やってのけました。

ガンダムのウッソも、両親の厳しいしつけによって立派なパイロットとなり、常人では強烈なGなどの原因で動かすことも厳しいV2ガンダムを巧みに操り地球クリーン作戦の危機から地球を守りました。

 

まあ正解だったわけですよ、しつけがね。っていう話ですよ

 

ですがみほはよくファンの間でサイコパス扱いされたり(この話は前回したので、割愛しますが)ウッソはストーカーじみた歪んだ愛をカテジナにぶつけたりして、人間的にどうなんだろう?という描写がなされてます。

 

いやたかがゲーム壊したくらいでって話なんかもしれませんけど

そういうことを日常的にして、子どもがじゃあ自由に生きれるのかってなしなんですよ。これも前回話しましたが、子どものころというのは世界が狭いから親の言うことを聞かざるを得ないですし、きかなくとも親の言うことに影響は間違いなくされます。

だって知りあう人が少なすぎるし、刹那的でないから

 

子どもの人生をよくしたいという気持ちの裏返しなんだと思うんですけど、何をすれば人生が良くなるかということは、本当はわからないはずで一緒に模索していくべきなんだと思いますが、それは分かりにくいですし、実際ものになるかどうかわからなくて

 

だから野球選手になれといって少年野球チームにいれたり、いい大学に行っていいところに仕事をつけといって、塾にいれたりして、そこでの成績を常に求められながらそこで生きていくわけです。そしてそれが日常的に続けば、それが「あたりまえ」になっていき、自分の心がまひしていることにも気付かなくなっていきます。

 

いや、これは私の考え方であって、まひしているというのは間違いかもしれません。ですが、自分の本当の気持ちを伝えられないというのは、身動きがとれないわけですから、まひという表現だと私は考えます。

 

そして、なにかのタイミングでつぶれてしまう。西住みほは水没事件であって、ウッソエヴィンは・・・いろいろありすぎて徐々にぶっ壊れていって最後は母の死でとどめさされただろうというのがあります。ウッソエヴィンに関しては、明確な描写がされていない(心はつぶれてない、またははじめからつぶれていたなどどうとでもとれるという意味)ですが、西住みほは完全にその事件がトリガーとしてガールズアンドパンツァーというアニメが展開していってますので、わかりやすいとおもいます。

 

 

 

ながったらしくなりましたが、結局私が言いたいのは親の言う言葉や行動などというのは、親が思っているほど強く子どもに影響するのだぞ、ということです。

ミューラミゲルの最後、ウッソを守ろうとした姿はクズの母親ではなく、本当の母親の行動でしたし、西住しほも口ではゴチャゴチャ言ってますが、みほがバイトをするなどの描写がない当たりおそらく生活費を振り込んでるには違いありませんから、否定しているわけではないというのがわかります。

ですが、そういうことをわかっているからこそ、強い言葉に子どもは影響されます。

 

私は高嶋ちさ子さんの子どもが音楽も勉強もゲームも、そして人間的にもすぐれた人になって欲しいと願っていますが、そのためには、高嶋さんが自分の言葉や行動が子どもに強い影響を与えているということを理解してほしいと思います。